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歯周病と心臓病の怖い関係 ―口腔ケアは大切です― 原土井病院 副院長 教育・研究支援センター長 丸山 徹

歯周病とは歯と歯肉のあいだ(歯肉溝)のケアが行き届かなくなることで細菌(歯周病菌)が繁殖して炎症を引き起こし、歯肉から膿がでたり、歯がぐらついたりする病気です。う歯(虫歯)と違って痛みはほとんどありませんので自分では気づきにくい病気ですが、歯周病とう歯は歯を失う二大原因です。わが国では30歳以上の成人のなんと8割が歯周病であるというショッキングなデータもあります。
歯周病は歯だけの問題にとどまりません。じつは歯周病が糖尿病、脳梗塞、慢性腎臓病、誤嚥性肺炎、骨粗しょう症など多くの内科的な病気と関係することも分かってきました。
今回の話題は歯周病と心臓病の(怖い?)関係についてです。

図1:歯周病のイメージ

歯周病と慢性炎症

図2:慢性炎症ひとのからだには、異物が侵入して傷害を受けると異物を排除して傷害を修復しようとする自然なはたらきがあります。その時ひとは痛みや腫れ、ほてりや赤みに気づきます。このようなからだの反応は一般に炎症とよばれています。けがをして傷口が化膿したり、風邪で喉が腫れたりするのはみな炎症なのです。このような急に起こる炎症はだれでも気づきますが、歯周病菌が少しずつじわじわと歯肉からからだのなかに侵入する慢性の炎症には誰も気づきません。歯周病では気づかないうちにこのような慢性炎症が起きています。そしてこの慢性炎症がさまざまなからだの病気を引き起こす原因になります。

図2:慢性炎症

歯周病と心筋梗塞

図3:心筋梗塞歯肉には多くの血管が集中していますので、歯垢(プラーク)の中の歯周病菌と歯周病菌がつくる毒素はつねに少しずつ血液中に侵入して長期的には全身性の炎症を引き起こします。このことにより全身の血管には動脈硬化が起きます。心臓を栄養する血管(冠動脈といいます)の動脈硬化が進むとやがて狭心症が起きたり、ある日突然に心筋梗塞が発症したりすることになります。従来、狭心症や心筋梗塞の人に多くみられる危険因子という考え方がありました。糖尿病・高血圧・脂質異常症・喫煙・過体重などです。これらの危険因子の共通点は、血管にさまざまなストレスを与えて血管を傷つけることです。するとそれを修復しようと白血球が血管表面から血管壁に侵入したり、血管平滑筋が増殖したりすることで動脈硬化が進みます。最近では動脈硬化自体がゆるやかに進む慢性炎症であるという考え方が主流です。また歯周病は糖尿病を悪化させますし、喫煙される方は歯周病が多いことも事実です。その意味では歯周病自体が狭心症や心筋梗塞の危険因子と言っても過言ではないでしょう。実際に、心筋梗塞や狭心症の人はそうでない人より歯周ポケットが深く、歯周病菌に対する抗体価が高いという研究結果もあります。

図3:心筋梗塞

歯周病と心房細動

図4:心房細動カテーテル治療歯周病は不整脈にも関係します。不整脈とは心臓が拍動するリズムが不規則になる病気です。さまざまな不整脈のなかで最近注目されているのは以前にご紹介した心房細動という不整脈です。心房細動は高齢になるほど増えてきます。心房細動になると心臓が疲れやすく心不全になったり、心房の中にできた血栓(血液のかたまり)が血流に乗って脳血管に詰まったりします(脳梗塞)。また認知症にもなりやすくなります。
この厄介な心房細動を直すためにお薬を使わない治療が現在さかんに行われています。以前にご紹介した心房細動に対するカテーテル治療(アブレーション)です。治療後は心房細動から解放されたり、飲むお薬の量がずっと減ったりするので、最近は高齢者でもカテーテル治療を受ける方が増えています。驚くことに歯周病がある方は無い方より1.3倍心房細動になりやすく、せっかくカテーテル治療を行っても歯周病がある方は心房細動が2.3倍も再発しやすいことが明らかになりました。心房細動はいまや生活習慣病と考えられていますので、生活習慣を考え直すこととならんで歯の健康を維持することはとても大切なことです。口腔ケアを行う習慣を身につけることでカテーテル治療後の心房細動の再発が6割減ったというわが国からの報告もあります。

図4:心房細動カテーテル治療

歯周病と心不全

以前にご紹介しましたように心不全とはさまざまな心臓病の最終的な病態です。からだが必要とする血液を心臓が十分に送り出せないために息切れや疲れやすさ、からだのむくみを訴えられます。心筋梗塞を経験した方や心房細動が長く続く方はもちろん心不全になりやすいため注意が必要です。しかしそうではなくても歯周病は心不全と直接的に関係しています。最近の研究ではさきほど述べた慢性炎症が心不全の大きな原因のひとつであるとされています。慢性炎症は動脈硬化を引き起こし、動脈硬化も心臓への負担となります。また慢性炎症そのものがじつは心臓のポンプとしてのはたらきを弱めることが分かってきました。からだの中には炎症を慢性化させることにつながる様々な物質(サイトカインとよばれます)が流れています。これらの炎症物質がネットワークを作って心臓の収縮を弱めたり、心臓の細かな構造を変えたり、心不全の方にとってありがたくないことをしています。海外の調査では1日3回以上歯磨きをする人は、そうでない人に比べ、心不全を発症するリスクが12%低下することが分かりました。口腔ケアを習慣化することは歯周病を予防するだけでなく、慢性の炎症を標的として心不全を予防することにもなるわけです。

図5:心不全の諸症状

さいごに

以上みてきましたように、歯周病は心筋梗塞、心房細動、心不全という代表的な心臓病にいずれも深く関連することが分かってきました。歯周病がこれだけ多くの心臓病に関係していることは驚きですが、逆に言えば口腔ケアの習慣を身につけることひとつで心臓病をはじめとする多くの生活習慣病を予防できることにもつながります。高齢者は唾液の分泌量が少ないため唾液で洗い流される細菌が口内で増殖しやすい傾向にあります。また加齢により免疫力が低下しているため、歯周病菌による慢性炎症の影響をうけやすくなります。適切なブラッシングとフロッシングを毎日の習慣にして定期的な歯科検診を受けましょう。医科歯科連携の大切さが認識されつつある現在、「病は気から」というより「病は口から」といったほうがいいかもしれません。日頃から口腔ケアを習慣にしてお口から全身の健康を守りましょう。

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