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高齢者の夏季の栄養管理について 原土井病院 地域包括ケア部長 山下 信行

私ごとになりますが、このたび原土井病院に就職し四半世紀ぶりに福岡に住むことになりました。買い物などへ車で出かけると、昔の記憶では畑や野原だったところに家や建物が隙間なく立っていて、本当に驚くばかりです。草木が少なくコンクリートで地面が覆われたのを見て“ヒートアイランド”という言葉を連想しましたが、いつの間にか都市どころか地球全体が暑くなってしまいました。これも驚くばかりです。地球温暖化が言われ出して、毎年猛暑や熱中症予防が話題になっています。ここでは高齢者の夏の栄養・水分管理について話をしたいと思います。

もう数年前のことになりますが、ある日80歳代の方が食欲低下や腹水貯留のため来院されました。入院して調べてみると肝硬変になっており、そのために腹水が出現したと考えられました。それまで他の病院に通院していて高血圧症などの治療を受けていましたが、肝硬変と言われたことはなく本人は寝耳に水といった様子でした。話を聞くと、若い頃から水分補給にはスポーツ飲料を摂っており、当時は“熱中症予防に水分を摂るように“といった報道に接して、スポーツ飲料を毎日2〜3リットル飲んでいたということでした。幸いなことに安静にしただけで症状は改善し、無事退院できました。入院以降はスポーツ飲料を禁止し、水分補給には白湯や麦茶などを摂るように本人へ説明しました。

この方は夏でも食欲が落ちることはなく、きちんと食事を摂っていた方でした。体に必要なエネルギーは食事のみで十分だったので、スポーツ飲料の中の糖質は余分なものでした。余った糖質は脂肪に変換され肝臓に貯蔵されましたが、あまりにも脂肪が多かったため細胞が壊れ肝硬変になったと推測されました。スポーツ飲料の中身はほとんどが水ですが、ナトリウムやカリウムといった電解質のほかに、糖質が含まれているものが多いです。エネルギーとしては100㎖当たり10〜20Kcalでそれほど多くないように感じますが、毎日500㎖、1リットルとなると結構なエネルギーになります。高齢になると基礎代謝量が低下するので、若い頃と同様に菓子やジュース類(スポーツ飲料を含む)を摂るとエネルギー過剰になりやすいです。この方のように肝硬変になるのは少数と思いますが、糖尿病や肥満が悪化するのは説明する必要もないでしょう。

清涼飲料水・スポーツドリンクなどの糖分

しかしながら入院してくる患者さんには、この方のようにエネルギーを多く摂って体重が増えた人よりも、食事量が少なくて体重が減っている方が多いです。仮にスポーツ飲料を500㎖飲んで、その分だけ食事のおかず( タンパク質)を摂る量が減ったとしたら、単純計算で10g以上のタンパク質摂取量が減ることになります。摂取推奨量は男性(65歳以上)で60g、女性で50gですので、10gはかなりの割合になります。
タンパク質不足は疲労感や筋力低下を引き起こし、その結果、食事量が減ることで体重が減って最終的には動けなくなるというフレイルサイクルに陥ります。加齢に伴う味覚の変化から甘いものを好むようになっている方も多く、そのような方に熱中症予防のためといって、安易に多量のスポーツ飲料を摂取させるのは考えものです。

フレイルサイクル

高齢の方が元気で過ごしていくために栄養管理が重要であることは、何度も繰り返し見たり聞いたりしたことと存じます。しかし「理想的な食事を毎日食べなさい」と言われると、そんなのは無理だ、と私も思います。日頃どれくらいの食事を食べてどれくらいの水分を摂っているかは重要なことなのですが、食事量や水分量を確かめるのはとても困難です。その都度記録を取っていないかぎり、正確な数字を出せない人がほとんどでしょう。仮に食事量や水分量を正確に記録できたとしても、その量がその人にとって適切かどうか判断するとなれば、プロフェッショナルの手を借りるほかはありません。八方塞がりのようですが、一つ良い方法があります。体重を測ることです。簡単にできて、しかもとても役に立ちます。

ある高齢女性の1週間

図:ある高齢女性の1週間

体重は“低体重”に該当する人で、いっけんよく食べているように見えますが、全部食べても1100kcalであることには注意が必要です。主食は全部食べていますが、副食(おかず)はムラがあります。補助食品(200kcal)をつけて、なんとか食事量を維持しました。
このような人にどうして食べないのかを問うと、「食べたくなかった」という返事は穏やかなほうで「おいしくない、味付けが好みじゃない」とよく言われます。家族から「これは食べるから」と持ち込まれるのは、だいたいゼリーやスポーツ飲料など糖質の多いものです。差し入れは大抵ちょっとしか食べません。病院食を食べられなければ、差し入れも食べられません。

実を言うと私も、患者さんの食事療法がうまくいっているかどうかは体重を用いて判断しています。入院中の摂取エネルギーは食事の記録から概算することができますが、本当にエネルギーが足りているかどうかは体重の変化に表れます。入院中という短い間でも、体重が減少傾向にあれば食事量が足りていない可能性が高いです。1日の中でも体重は増減するので、測定時間と着衣を揃えた方が正確です。週単位から月単位で徐々に体重が減る(または増える)場合には、何らかの体の異常が存在します。暑さで食欲が落ちているので仕方がない、とか、スポーツ飲料で糖質を摂っているから大丈夫、などと納得せずに、お近くの医師に相談するのが良いかと思います。

ある80歳の人の体重変化

図:ある80歳の人の体重変化

病気が悪くなると体重は減っていましたが、体調が回復すると50kg台後半を維持できていました。一時期は体重が5kg以上も増えるほど食欲がありました。しかし3年目の後半から徐々に体重が減り、5kg以上減っています。検査では原因となりそうな内臓疾患は見当たらず、認知症の悪化が原因と考えられました。

夏になると多くの人が熱中症や脱水症のため病院に運ばれてきます。まずは熱中症や脱水症を予防することが優先されますが、体重の変化に注意してもらうと体調の悪化に早く気がつくことができるかもしれません。

食事量と栄養のバランスを意識しましょう

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